一杯のざるそば ~そばにかけた男たちの記録~
この道40年、東京八丁堀に店を構える「大ぎりそば」の店主、次郎は語る───
次郎「ざるそばってのはね、のどごしを楽しむもんなんですよ。
ざっと豪快に、そばを箸で掴んで持ち上げたら、そばの先にめんつゆをチョチョイとつけて、いっきに音をたてて、すする。
この食べ方です。
この食べ方こそが、江戸っ子の“粋”な食べ方ってヤツでさあ。
おっと、けっして、めんつゆにじゃぶじゃぶとそばをつけるようなことをしちゃあいけませんぜ。
そんなことをしちゃ、そばののどごしが台無し、野暮ってもんでさあ。」
常連客「ふーん。
そういうもんかね。
俺は自分の好きなように食いたいけどねぇ。」
ガラガラ
常連客「お、ありゃお春さんだね。」
次郎「顔見知りかい?
・・・いらっしゃい、なんにします?」
お春「ざるそばをひとつ」
次郎「ヘイ!ざるそば一丁うけたまわりました~!」
─── 数分後
次郎「へい、ざるそば、お待ち。
めんつゆはこちらで」
お春「あ、大丈夫。
わたしには、つゆがあるんで。」
次郎「・・・」
次郎「・・!
たはっ!こりゃうまい、“お春さん”だけに、つゆ(梅雨)があるってかい?
こりゃ一本とられたねぇ!」
お春「・・・」
次郎「だはは。
まぁ、冗談はおいといて、そばつゆがこちらで。
そうそう、くれぐれも、じゃぶじゃぶとつゆにつけて食べないでくれよ、野暮ってもんだからな。」
お春「・・・あ、いや、ほんとにつゆがあるんで」
そういうと、お春さんはおもむろにカバンから、「Myめんつゆ」をとりだし、
そばをじゃぶじゃぶとつけて、美味しそうにすすりはじめました。
いろいろとバツが悪くなってしまった次郎は、すごすごと店の奥にもどっていきました。
常連客は、そこでぼそりとつぶやいたそうです。
常連客「つゆ(梅雨)だけに、じゃぶじゃぶってね。」